気や意識の科学的研究の落とし穴

気や意識の生理学的影響の先行研究は、医学研究の本流からは白い目で見られつつもかなりおこなわれていて、視点としては出尽くしているんじゃないかなぁ。私は細かくは追ってないけど、大筋は知っておく必要がある。超心理学なんてのも真剣に研究されている時代があった。そういう先行研究を無視して自分のセンスであれこれいっても、思想曼荼羅の一部にしかすぎない。

科学的手法で研究できるのは現象世界の一部分であるというのは真っ当な科学者の合意事項である。しかし同業者には科学で説明できない現象世界など存在しないと、科学者の合意を反転させた考えを持っている人が多いように思う。

西洋哲学の存在論には形相因と質料因という考えが古代からある。これを肯定するにせよ否定するにせよ基本の基本。気と形はちょうどこの関係にある。こういう思想上の基本的な考え方をふまえずに中国の古典を読もうとしても砂上の楼閣になるだけでは?

外から、つまり術者や神仏の気を出し入れすることを否定する人がいるが、たんにやりかた知らないかその感性や能力がないというだけのこと。そもそも内経が祝由(宗教神秘主義)の系譜である技術であることを理解していない。