某先生が「望診と聞診についてネットで書いている人をあまり見かけないね。」とSNSでつぶやいておられたのでちょっと書いてみましょう。これから冬に向けて寒くなって身体も冷えて、風邪をひきやすくなってきます。風邪のひきはじめを中国医学・鍼灸でどうみるかについて考えてみたいと思います。とはいうものも、まずは望診一般的な話からです。
望診の研究が少ない
冒頭から身も蓋もないことを言いますが、望診と聞診は知っている人から直接習わないとまず無理でしょう。本を読んだだけではわからない、というか臨床的な実用書を見かけることはほとんどありません。人相とか手相とかそういう系統のはたくさんあります。中医分野で日本語で書かれたのは数十年前に若干ありましたが、最近は寡聞にして体系的で本格的なのは見かけないですね。臨床経験から気づいて体系化されていない記述は若干あります。望診には顔や舌、四肢や体幹の皮膚の状態を見るものなどがあります。顔の望診以外のものはあります。特に舌診は多いですね。でも顔の望診のものは少ないです。ここでは顔の望診を中心に述べます。
もともと黄帝内経や『難経』『傷寒雑病論』には望診の記述は、脉診と比較してさほど多くはありません。理由はいろいろ考えられます。高度な望診は上工(名医)の技術なので、口伝・秘伝であったからかもしれません。中国には一子相伝や「これは」と思うような有能な弟子(学生ではない)にしか本当のこと、高度なことを教えない伝統があります。誰にでも教えてしまうと教える側に価値がなくなって命を狙われるかもしれません。また、顔や体型・動きを見ただけで弱いところや悪いところがわかるのなら、武術に応用できるのでその危険を回避するなんてことでもあったのかもしれません。単純に難しいからマスプロ教育は無理だとか、理解してもらえないからなんてことなのかもしれません。
それぞれの望診には何を見るかの視点がある
望診にはいくつもあります。いずれにせよ習得のポイントは、その裏にある前提となる視点の違いを明確にする必要があります。どういう意味かを例を挙げて説明してみましょう。私の師匠の講義を弟弟子の平口先生がまとめた『埋もれている脉診の技術 気口九道』の43ページに次のような表が掲載されています。
患部の色 | 症状 | 脈状 | 治則 |
紫 | 内鬱結 | 渋 | 消瘀 |
赤 | 内出血 | 濡 | 固渋 |
黄 | 気滞 | 滑 | 疏通 |
発赤 | 熱盛 | 洪(滑) | 清熱 |
黒 | 身熱 | 沈細 | 涼 |
白 | 冷寒 | 浮 | 袪風寒 |
青 | 苦満 | 弦 | 弛緩 |
これは骨傷科の望診と切診を表にしたものです。骨傷科というのは現代医学でいう整形外科の運動器疾患のことです。骨傷科の望診の視点とはなんでしょうか?。
中国の伝承医学の科目分類にはいくつかありますが、基本は疾科と傷科と食科です。
疾科というのはいわゆる外感病で、天の六気が六淫(風邪・火邪・暑邪・湿邪・燥邪・寒邪)として身体を冒すことです。代表的なのは風邪・インフルエンザなどです。冷たい水に長く浸かっていたなどで生じるものもこれに入ります。
傷科とは肉体そのものが傷ついたという意味で、骨傷科と内傷科に分かれます。骨傷科は前述したとおりのことで、内傷は内臓が傷ついたという意味です。骨傷科だと骨折・捻挫・脱臼・関節痛・創傷等々などが対象です。内傷は内臓の炎症や潰瘍・腫瘍などが主となります。胃炎・胃潰瘍・肝炎・肺炎・腎炎・膵炎、あるいは腫瘍などです。現代医学の内科に相当するものですね。
食科はとりあえずここでは身体の組織を栄養する動静脈の流れ具合、特に五臓六腑を栄養する動静脈の流れ具合と血液の状態のこととしておきます。現代中医学ではこういう区別はしないので、現代中医の立ち位置の方はご存じないかもしれません。食科は栄養する血液量が多いのか少ないのか流れが悪くなっているのか、冷えているのか熱を持っているのか等々の視点で診ます。先天的・後天的なものがあり、中国医学でいう「胃の気」とかぶる概念です。
他にも婦科・産科・児科とかいろいろわかれるんですが、基本は食科と傷科と疾科です。ただし厳密に境界線が引かれるものではなく、内傷や外傷は食科のひどくなったことに由来するとか、風邪をひきやすいのは臓腑栄養する動静脈循環が悪いから食科に由来するともいえます。
このように食科・傷科・疾科の境界は曖昧なのですが、望診や切診では診る視点が違ってきます。
ここで上記の表にもどりますけれども、「患部の色」の列に「白」とありこれに対応する症状に冷寒とあります。これは「”局所”の血液循環が悪くなって冷えが生じ、皮膚が白くなっている」という意味です。”局所”というのがポイントです。鍼灸師は内視鏡が出来ないですが、毎日内視鏡をやっている消化器内科の先生は、胃の粘膜の色を診て「この人は冷えているな/熱を持っているな/うっ血しているな」などというのが分かるんじゃないでしょうか?知人の耳鼻咽喉科の先生は鼻や喉の粘膜をみて粘膜の寒熱やうっ滞等々が分かる、八項弁証ができるんだそうです。骨傷科では皮膚の色で局所の状態を判断できるので、同じ傷科の内傷では体内の粘膜の状態を診て局所の状態が判断できてもおかしくはありません。実際舌診ではそういうふうに診て行きます。
風邪(かぜ)のひきはじめの望診
上に記したとおり、傷科の望診は基本的に局所の状態を診ますが、中華伝承医学では疾科・傷科・食科、いずれも顔を診て診察する望診法が伝わっています。
疾科は外感病で全身症状なので、顔全体の表皮を診ます。特に表皮の色と毛孔の状態ですね。変化が早く、治療によって敏感に反応し、すぐに変わります。
傷科の内傷科では五臓六腑に割り当てられた顔の部分の表皮および皮膚より下の色やでき物・シミ・ホクロなんかをみます。傷科は組織そのものが損傷しているので、一回の治療で大きく変わることは少ないです。たとえばまぶたのまわりにできる麦粒腫なんかは化膿している部位が小さくなるとか色が変わるとかそういう感じで、全くなくなるようなことはありません。
食科は顔の中心部分、眉の間から鼻筋を通ってアゴの先端ラインを中心に診ます。
さて、本題のカゼのひきはじめの望診の解説です。
風邪の引き始めのときは、疾科の望診としては体表の血液循環が悪くなって、顔全体が白っぽくなります。冷えているので、ちょっと皮膚が緊張しているというか弾力性が低下しています。
体表の血液循環が悪いということは、心臓と肺の栄養動脈血の血液循環に問題が生じていると考え、食科を診る顔の中央ラインにある心と肺の反映部位である眉間と目頭間の皮膚の状態を診ます。風邪のひきはじめのときはここの部位が白くなって毛孔が開いている状態になります。心臓から肺へいく循環能力が少し低下しているのでしょう。心や肺の状態が反映する、背中の首の下側の付け根である大椎穴あたりから肩甲骨の間の脊椎上にある身柱穴周囲も白くなって毛孔が開いて産毛が立っていたりします。
治療としては悪寒があれば風寒がある症状なので風府・風池・風門あたりのごくごく表面を瀉したり身柱を燔鍼したります。ここに寒邪があるんです。冷えているからといって、外感病なのでこの部位を温めてはいけません。寒邪が内攻してしまうことが多いです。発汗させて寒邪を瀉すのが基本です(麻黄湯証系)。悪寒がなくて少し熱っぽくって自汗するだけなら風池・風府あたりの少し深めの部位を瀉したりします。このときは辛涼発汗が基本です(桂枝湯系)。
カゼが悪化して熱があり、咳が止まらなかったりすると、肺炎の可能性があるので、そのときは傷科の肺に対応する顔の部位の状態を診ます。肺炎の可能性があるのなら、普通の鍼灸師は病院に送った方がいいと思います。
脉診との関係
ここからは脉診の話なので、プロ向けの話になります。中華伝承医学では疾科・傷科・食科ごとの脉診がいくつか伝わっています。それに沿って望診と組み合わせ、施術前後の変化を診て効果を考えます。しかし古典的な経絡治療をやっておられる先生方で六部定位の脈差しか診ないという方がおられます。そういう方が、「本治法が重要だから風邪の弾き始めもまず六部定位の脈差をみて虚を見つけるんだ」という発想で風邪の治療をすると、誤治の可能性が高くなります。
上記の麻黄湯証にしろ桂枝湯証にしろ、左関上と寸口が虚する(肺虚)の脉がでることはまずありません。どちらかというと首から肩甲間部にかけて寒邪と戦っている状態になるので左の関上・寸口ともに浮いて緊になっていることが多いです。右の関上と寸口が虚している(心虚)可能性はありますが。古典的な経絡治療だと「心は虚さない」って考えるようですから、「心経の経穴を使おう」とは思わないかもしれませんし、使うとしても上手くいかないでしょうね。発汗するくらいに左の心兪を温めると寒邪が瀉される可能性はありますが、取り切れないんじゃないですかね。左の心肺循環を高めるために心兪を温めるのなら、寒邪を瀉してからの方がいいでしょう。
寒邪を瀉したあとに六部定位の脈差を診たら、腎虚証がでる確率が高いです。
いずれにせよ、古典的な経絡治療の『難経』六部定位の脈差診が本治を反映するものとして出ることは、きわめて限られた状況下でしかないということが要注意です。学生さんや免許取り立ての鍼灸師さんで、がんばって脈診しているのに上手くいかないのは、「それで何を診ている・診られるのか」を理解していないからでしょう(ときどき質問されます)。
最後に、これは企業秘密なんですが、私は顔の望診が得意ではありません(^_^;)