湿季の治療(夏の終わりの鍼灸治療講義ノート)

下記の記事は、鍼灸学校の学生および中華伝承医学の入門者向けに行った講座で配布した資料です。「かしま鍼灸治療院、あるいは中華伝承医学ってどんなのことをしているの?」と疑問を持たれる方のために、治療技術の一端を公開してみます。

中華伝承医学の理論では自然界の五運六気と身体の五運六気を同調させる治療を本治法の一端として行っています。湿季とは一年を四時(しいじ:春夏秋冬)に分けるのではなく、六気(風火暑湿燥寒)が旺気する六つの季節に分けて考えます。本当はもっと細分化するのですが、ざっくりこれくらいに分ければイメージしやすいので季節を六つに分けます。

六季の治療はその季節に生じやすい症状の治療という対処療法的治療、身体をその季節に応じた状態にする本治法的治療があります。前者はイメージしやすい専門家はそれなりにいらっしゃるでしょうが、後者は少ないのではないでしょうか?

治療の専門家の方でも、これを読んだだけで「ためしてやろう」とはなさらないことをお勧めします。こういう治療をする前提に身につけておかなければならない技術が多々あって、それをすっとばすと患者さんの症状を悪化させることも多々あるからです。

目次

湿季と二十四節季(2023年)

暑季  6月21日 ~ 8月22日(夏至・小暑・大暑・立秋)
湿季  8月23日 ~ 10月23日(処暑・白露・秋分・寒露)
燥季 10月24日 ~ 12月21日(霜降・立冬・小雪・大雪)

自然界の湿季のイメージ

・梅雨の湿と湿季の湿の違い。 梅雨の天の六気(外感六淫)つまりが湿気(湿淫)で、 湿季の湿は体の中の話。
(作図)
・暑季は地中から水を吸い上げて、葉っぱに水を水を蓄えます。葉っぱの水の気化熱で体温を下げるわけです。 それで暑さをしのぐのが暑季です。胃の気の中心がはっぱにあるんですね。それに対して湿季は暑季にあった水が実の方へ移動して、実を太らせます。ですから、今の季節の実は甘みよりも酸味が入っていてすきっとみずみずしいのが前面に来ます。梨なんかそうですね。甘みじゃないんです。

湿季の身体のイメージと脉状

・暑季は昼も夜も暑いので、身体の外も内も暑い。ですから暑季は水分をたくさん取って腸管から吸い上げ、汗をかいて体温を下げようとします。それに呼応する脈は全体が浮いて洪脉になります。

・ところが湿季に入ると夜が次第に涼しくなってきます。そのために汗をかく必要性が暑季より少なくなってきます。脉は熱を散じていた脉の外側がすこし締まって湿を溜めようとする季節です。脈は中間より少し浮き気味ですが暑季より少し沈み気味。そして太くて中がやわらかい。 仕上がりの脉は散じたらだめなんですね。少し表面に滑が入る。 これが今の時期の脈です。蔵府でいいますと実は心の位置にあたります。 これは臓器が水っぽい、むくんで 湿があるわけです。根からたくさん吸い上げた水を、臓器に撒いていくイメージです。

湿季の病理

・湿季は自然界では実が実る、身体では蔵府が栄養成分や津液で適度に満たされる季節であるが、以下の三つの病的な場合があります。

・ 湿が土中に溜まったままになって上がることができず、実が生長しないようなケース。 これは人体にあっては二種類に細分化される。ひとつは脾の運化失調で腸管に湿寒があって水分が吸い上げられない場合。 もうひとつは腎気虚・腎陽虚で気化失調を起こし、下半身に水がたまる場合。 いずれにせよそうすると足がむくむ、からだもむくむ、重たい、だるいという症状が生じる、体重節痛という症状。

・臓器が正気としての湿つまり津液が不足になるケース。湿季なのに身体がまだ暑季の状態で、水が体表から汗として散じてしまうケース。臓器が津液で潤わない、実が大きくならなくてシワがいっている。

・上記二つのケースの前提として腎虚証がある場合。

・湿の時期は傷肝の季節で、 胃炎になりやすい。

治療

・上記のように天人合一思想として肺を葉に 下半身 を土中に例えられるが、湿季は自然界では実が実る、身体では蔵府が栄養成分や津液で適度に満たされる季節であるので、病理としては栄養失調になることの多い季節。 六季の治療としては、体の状態と季節を同期させます。

・右側に問題があるときは、肝胆湿熱が多い。種々の脉診でも右側に問題が生じる。湿季の根に水を溜めてはいけないという処理ができずに、水がたまっている、暑季の暑い火がまだ上に残っている状態、大地は温かくて湿熱。生理学的には 回腸の門脈の所に湿が溜まって熱を持つ(湿熱)。 栄養が肝臓の方に行かないので、肝蔵が少し虚している状態。治療は右太谿瀉、 これは陰火実。 右の公孫を漏らす、 肝臓胆嚢のうっ滞を疏通します。 経穴に緑を塗るのもいいです。肝の疏通になります。太敦を瀉または瀉血します。これは尿にして湿を流す作用があります。章門補。章門は近で、公孫は遠の関係にあります。門脈・肝臓・肝静脈という右のラインが上昇して降りなくなっているので火が上がりるので、歯痛がよく起きる。 この場合は温溜を使います。 男は歯痛側と同側で女は反対側に配穴して顎の熱を取る。

・左の脈に出た場合で、夏ばてが改善されておらず、 下半身は冷えているんだけれども、上に虚火がゆらゆらしている状態の左虚火陰盛証。このときは解谿を補して。降下します。腎の陽虚水氾には左復留で、腎水の気化を促進する。気滞や血瘀は太衝瀉取、気滞がきつい場合は期門瀉瀉して除湿・疏泄します。便が出にくい症状が加わると、右の支溝を瀉す。

・左右どちらに問題が出るにせよ共通しているのは、 土剋水で腎虚になっている点と火というものが残存している点で、左は上に、右は下に多いです。 夏ばての影響が下半身にあるのか上にあるのかの違いです。 上に火で下が水の場合はまざらないので、どんどん悪化していきます。どちらの場合も疾科になると葛根湯証になります。 ツボは合谷・ 足三里・風府・風池。足三里は灸頭鍼も可。お臍をぬくめる手もあります。

・食科で左の系統は、陽虚で胃の気が調子悪くなります、 四君子湯や六君子湯の証で、左脾兪や右内関を使います。 右の系統は内傷で柴胡疎肝湯になりやすい。 これは労宮瀉・行間瀉を行います。 食事ならナツメ系で湿を抜きますが、生薬の大棗は強すぎます。

・骨傷科で関元という場合には水分・陰交・気海・中極などの関元の周囲に配穴と考えてください。 土に湿が多くて根が柔らかいとき(腸に湿が多いとき?)は三陰交を使います。 ここに冷えが加わるとしびれが生じます。水に薄い氷が張るとイメージしてしください。そのときは灸頭鍼を行います。 三陰交は普通に水抜くにも、 アトピーのような状態になっているときにも使えます。 生理痛で使うときは浅いですが、 骨傷やアトピーで使う場合は深くなります。湿季では、下腹が冷えたら、足の小指が冷えて動きにくくなって、捻挫や骨折をしやすいです。冷えて右の至陰がしびれたりもします。 胃腸が弱って消化液が薄いので、 冷たい物食べたらおきやすくなりますね。逆に胃腸が熱を持っている場合は、舌診で腐苔になったりします。 その場合、 実すればその子を瀉すということで、金穴を取ってやる。 胃腸の経の井金穴を瀉血するという手もいいです。 章門で一気に・・・という手もありますけど。どれを選ぶかは戦略ですね。 胃腸が丈夫で他がやられていなければ井穴瀉血とか、カゼで熱を瀉すついでに井穴瀉血も良いですね。

質疑応答

(質問) 左虚火陰盛証ですけれども、 腎の陰虚ではないんですか?

この場合は腎の陽虚証ですね。陽虚証だけれども陰虚のように見える症状があります。 それは暑気あたり、夏バテです。胃腸を弱めて腎に影響を与えたと考えます。 夏ばての胃炎状態で、腸の水はけが悪くなっている状態。 腎までいかないかな。この場合の虚火はだいたい胃から出ていますが、心肺から出ていることもあります。このときの胃は胃経の胃・蔵府の胃じゃないです。 臓器としての胃です。 心肺の方は臓器というよりも、心肺機能くらいです。 またこの場合の蔵としての腎は臓器としては腎じゃなくて腸です。虚火陰盛系は左側にある空腸系の水はけがおかしくなっている。 肝胆湿熱の場合は右側の回腸の状態が悪い。 水穀の精微がたまりすぎと診ます。

(質問) 散じるような熱を持っているのに、冷房で体表が冷えている人はどう考えますか?

冷房病で考えられるのは、葉っぱで呼吸したいのに冷房で葉っぱを冷やした、浮散(洪)脉になる状態のとき、つまり汗をかいて熱を冷やそうとするときに、冷房で皮膚(葉っぱ)がどうなるのか?冷やした葉っぱに湿気が上がってきたときにどうなるかということになりますけれども、このときは葉っぱが腐ると思います。 人に当てはめると、患者さんのにおいを嗅ぐと生臭いです。

(質問)冷房で熱が散じることができずに中にこもって。。。

だから傷肺です。 火剋金ですね。冷えるのが好きな心の正気が肺を剋して肺が傷ついている。 肺炎じゃないけど、肺炎とか肋膜炎とかになる手前の人です。 そういう人は七情が出て悲しむ、悲観的になります。

(質問) このときの鍼の深さは。。。

解谿は横刺、 復溜は深い、 太衝はごくごく浅く、 期門は横刺。 湿熱の場合の太谿は深くなります。 雀啄するか、 2番・3番の鍼を使うか。。。 公孫は浅く、太敦は深く刺せないので浅くか瀉血ですね。 章門の補はかなり深いです。お臍の下に響かせます。 歯痛の温溜は中国鍼2寸以上です。 合谷・足三里の葛根湯証は、原則的に桂枝湯よりも深いですね。 合谷は浅くてもしっかり響かせます。 左脾兪と左公孫の君子湯の場合は、そこそこの深さが必要です。疏肝湯で労宮・行間は深いですが、痛い。 三陰交の場合は使い方がいっぱいあります。むくんでいる場合は浅めで、水を絞り出せたらよりいいです。 アトピーは深めの瀉、生理痛はごく浅めの雀啄瀉。 顔色悪い人は中間くらいの置鍼。

下腹部に関しては、石門は色を塗ってもいいですが、陰交・関元は温灸します。 中極・曲骨は鍼のみですね。 商陽・少沢・厲兌 などの井穴は刺絡します。こういうこともふまえて、可能なら季節の先取りということで経金穴も使ってくださいということです。井金穴も使えます。 経金穴は疏通です。 上に向かえば昇清、 下に向かったら降下。

配穴まとめ

(1)夏バテによる腎臓の尿生成力の低下:右三陰交瀉
(2)胃腸の消化能力低下:右陰陵泉深瀉(滑濡)・右太谿深瀉(細緊)
(3)肝葉の解毒力低下・仙腸関節・股関節の痛み・イライラ・蕁麻疹:虚している側の交信深補
(4)心臓の推動力、腹腔への動脈血分配不足:右内関浅瀉
(5)膵臓の代謝力低下:右公孫実なら浅瀉(インシュリン分泌力促進)・左公孫虚なら深補(インシュリン産生力促進)

薬膳

・暑熱・暑気太過:セロリ・もやし・百合根・枝豆・ウリ・スイカ・メロン・キュウリ
・虚火:キクラゲ・卵・アサリ・トマト・バナナ・ツルムラサキ
・湿熱:豆腐・梅肉・味噌・小豆・人参・なすび
・寒実:ネギ・乾姜・ニンニク・唐辛子・ニラ
・夏場の飲み物:五味子茶(五味子を一晩冷蔵で水に漬け、五味子を除いて蜂蜜とショウガを加える)

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