気口九道脉診概要

以下の文章は気口九道の概要として某所から依頼されたものの、ボツになったのでここに掲載しておきます。

字数の制約があったので、わかりやすくはないかとも思います。

目次

はじめに

氣口九道脉診は晋代の王叔和『脉経』や明代の李時珍の『奇経八脈考』などに記載がある、正経十二経と奇経八脈の状態を観察するための脉診法である。それ以降の李中梓の『診家正眼』・黄宮の『脈理求真』・李延是の『脈訣彙辨』・林之翰の『四診訣微』などの古典に影響が診られる記述はあるが、具体的な使用方法について記載された古典文献は寡聞にしてなさそうである。日本語で読める詳細な臨床記述としては筆者が学んだ陳景雲老師による『埋もれている脈診の技術 氣口九道』(以下『氣口九道』)があるのみであろう。

古典研究を元に臨床に取り入れているグループは、少なくとも昭和以降はいくつかあるようである。第46回日本伝統鍼灸学会において、氣口九道脉診を取り入れている、筆者を含めた3人の発表があった。以下の記述は中国の古流派の技術を伝承していた陳景雲老師の教えにもとづくものである。

氣口九道脉診の基本的考え方


氣口九道の基本的発想

種々の脉診があるが、内経医学に習って人体を気と形に二分した場合、気のの観点から診る脉診法と形の観点から診る脉診法がある。前者に属するのが『難経』の六部定位診であり、後者に属するのが、『素問』脈要精微論篇に出てくる脉診(以下、素問六部定位)や氣口九道脉診である。「気の観点から診る」とは、たとえば『難経』に見られるように、人体の流動的な部分である気をまず栄衛に二分しさらに細分化する視点で組み立てられた診方である。それに対して「形の観点から診る」というのは、解剖学的視点から気の状態を観察する方法で、素問六部定位の場合は臓腑、氣口九道の場合は経絡経筋を観ることに視点を置いた脉診法である。

図1

氣口九道と素問六部定位の脉診の関係を記したのが図1である。氣口九道を診る位置は太い線の部分、脉の表面の上半分で、それ以外は素問六部定位で診る位置である。氣口九道は体の外側にある経絡経筋の状態を診るので脈の外側を診るのである。素問六部定位は解剖学的臓腑を診るので、脉の表面より深い位置で診る。さらに氣口九道は内外と中央に三分割して診る。素問六部定位はそれよりも深い位置で内外に二分割して診る。さらにこれを寸関尺に分け、各臓腑や経絡経筋に配当する。そして、配当されたそれぞれの部位の脉状を診て、どのような状態にになっているのかを知るのである。

経絡経筋は、臓腑の状態の反映と見ることができるのであるが、素問六部定位では経絡経筋の状態は知ることができないため、どの経絡上の経穴を使えば最適かを知ることができず、氣口九道では臓腑の正確な状態が分からないために、両者は補完関係にある。『難経』脉診のよう栄衛を細分化する脉診と組み合わせることも可能であるが、『難経』の脉診は解剖学的臓腑を診るのではなく、気を栄衛を分割していって診る脉診法なので氣口九道とは視点が違うため、整合性をとるのに一工夫必要である。

経の疏通と臓腑の関係

氣口九道脉診は経絡経筋の状態を診る脉診法なので、原因の如何にかかわらず経絡経筋が阻滞していると、気口の対応している部位に反応が現れる。阻滞が解消されると反応は消える。治療は阻滞の疏通を解消して気血のめぐりをよくするのが基本なので、刺針部の補瀉という概念はあまり重要ではない。

また、経絡経筋の状態を反映しているので、傷科治療になる。臓腑の問題からくる傷科が内傷で、整形外科的な主として運動器系由来の傷科が外傷になる。内傷治療に関しては特効穴の最適配穴の絞り込むことや、陰陽の経気巡行状態を調えることによって臓腑状態を調えることが主となる。それに対して外傷は実際の患部に関係している経絡経筋を直接的に疏通することが主となる。多くは内傷と外傷が混在しているので、素問六部定位と氣口九道を同時に診てその関係性を見極めて治療を行う。

脉の配当

なぜ氣口九道というのか?

図2

氣口九道の配当を手検図(脉診図)として『奇経八脈考』に掲載されている図に、少し分かりやすく「内側・外側」「寸・関・尺」と言葉を補ったのが図2である。李時珍は『奇経八脈考』の中で、『脈経』を引用しながら解説を加えている。「診左手九道圖」というのはこの図が「左手で氣口九道を診るときの配当を表した図」という意味である。右手で診る場合は、足の三陰三陽と、陽維脈・陰維脈の内外の位置が反対になる。これを図の中では「診右手内外反此」として表現している。

なぜ氣口九道と称するかは『脈経』に「気口之中、陰陽交会、中有五部。前後左右、各有所主、上下中央、分為九道」と記されている。五部というのは前後左右と中央で、上下中は浮中沈である。これで九つの脉の通り道ができる。ただし、図1で示したように、氣口九道脉を診る深さは手に触れるくらいの浅い位置なので、ここで浮沈を診るのが注意点である。

正経十二経の配当

足の三陰三陽は脉の外側・内側に配当されている。手の三陰三陽は少し難しく、両者とも脉の中央部に配当されるが、陰経は脈管が上にやや衝き上げ、陽経は下に引かれる感じで取る。たとえば心経は寸部中央で脈管がアップスイングし、小腸経は下に引かれる感じの脉である。

奇経八脉の配当

『脈経』の表現に沿って表現すると以下のようになる。
陽蹻脉:寸部で左右に弾く(溢れているよう)。
帯脈:関部で左右に弾く(溢れているよう)。
陰蹻脉:尺部で左右に弾く(溢れているよう)。
督脈:三部ともに浮にして上下に直(あ)たる(脉全体が浮いている溢れている感じだが寸の方が尺より浮いている)。
衝脈:三部ともに牢にして上下に直(あ)たる(関部から尺部にかけて沈牢長になっている)。
任脈:寸口において丸丸と横たわる(寸・関が玉のように丸く溢れている)。
陽維脈:少陰より太陽に斜めに至る(尺部内側から寸部外側にむかって斜めに走る)
陰維脈:少陽より厥陰に斜めに至る(尺部外側から寸部内側に向かって斜めに走る)。

臨床的視点

疏通法

上に書いたように、氣口九道脉診は経絡経筋の状態を診るので、治療法は阻滞した経気の疏通が基本になる。鍼で疏通する場合の刺法は、捻転・雀啄・迎随が重要である。右回り(時計回り)捻転は気を拡散し、左廻りは気を呼び寄せる。雀啄の補は気を固めたり熱したりし、雀啄の瀉は気を漏らしたり冷やしたりする。この二つの手技に迎随を組み合わせて気血を流す方向性を工夫すると、経の疏通が促進される。

冷えたり手術痕で阻滞がある場合はお灸、関節機能異常がある場合はカイロプラクティックや整体などを使った関節操作法も有効である。治療の方法どうであれ、経絡経筋が疏通すれば氣口九道脉は平する。だから骨傷系を対象に手技療法で治療を組み立てている治療家にも使いやすい脉診法である。

使い方例

一番簡単な使い方は、配穴集などで候補となる経穴の中から、氣口九道で出ている経に属するものを絞り込むという方法である。
骨傷の患部に関係している経から特効穴を絞り込むという方法もある。

筆者が習った中国の流儀では、上肢下肢の経穴を使って陽気と陰気をめぐらせて体幹の上下左右の栄衛の気を平し、腹部に配穴して地の気を、背部に配穴して天の気を平する法がある。

参考文献

『伝統鍼灸 日本伝統鍼灸学会雑誌 第45巻第2号(通巻93号)』:日本伝統鍼灸学会,2018年
『脉経』:北里東医研医史学研究部,2010年
『現代語訳 奇経八脈考』王羅珍・李鼎校注,勝田正泰訳,東洋学術出版,1995
『埋もれている脈診の技術 氣口九道―経路・経筋・奇経治療 』:平口昌幹編,燎原,2014年(筆者も分担執筆した講義録で、前半が氣口九道の具体的な脉診の仕方と基本的な考え方、後半は氣口九道脉診と素問六部定位診を前提とした経絡・経筋ごとの臨床的な使い方が記されている。)

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