現代中医学のおかしな五行論

本稿は学生向けに行った講義のノートよりの抜粋です。

陰陽五行思想は一般の方にもよく知られているが、大陸の大学で教えているものと伝統的な理解とは違います。大陸の大学で教わるのは中国共産党の思想的背景にあった唯物論的に解釈された陰陽五行説です。日本の現代の五行理解もその影響を受けています。しかし、伝統的な陰陽五行説は非常に宗教的視点、神秘主義的な視点が背景にあります。

陰陽五行学説は,古代中国人が生活のなかで自然現象の長期的観察を通じて導きだしたものである。 それは万物の根源は気であるという理論を基礎として宇宙を認識し,宇宙間のすべての変化を説明するという認識論である。これは中国古代の素朴な唯物弁証法の思想であり, 古代哲学の範疇に入るものである。

『鍼灸学 基礎編』東洋学術出版社 天津中医薬大学・学校法人衛生学園編

「万物の根源は気である」の記述はギリシャ哲学の「万物の根源は水とか火」などというときの流用なのでしょうか?いずれにせよ「万物」という表現に注意が必要です『万物』として何を想定しているのか?

「これは中国古代の素朴な唯物弁証法の思想であり, 古代哲学の範疇に入るものである」とありますけれども、「素朴な唯物弁証法」という表現にも注意が必要です。現代中医は、共産主義思想を国の政治理念として誕生した中華人民共和国の建国以降に作られたものなので、こういう表現がなされているのです。この本は30年ほど前に出版された本で、当時の教科書的な本に共通の表現でしたが、表現は若干変わっても、基本的視点は現在でも変わってない模様です。

陰陽学説では,自然界のいろいろな事物の発生・発展・変化は,その事物の内部に相互対立する陰陽が存在しているからであり,この2方面の相互作用は、事物の運動・変化・発展の内在的な動力であると考えている。

五行学説では, 宇宙間のすべての事物はすべて木・火・土・金・水という5種類の基本物質により構成されていると考えている。 さらに五行の生克制化理論を用いて事物の運動, 発展の過程における相互関係を説明しており, また各種の異なる事物の発展過程における動態的バランスを明らかにしている。

陰陽五行学説は,もともと哲学から生まれたものであるが,医学領域にも深く浸透し,中医学の理論体系の形成を促した。 それは人体の生理機能や病理変化を分析・論証し,臨床の診断と治療を導き,中医学理論の指導的思想および重要な組成部分となっている。
(中略)
【五行学説】 五行学説では,宇宙間のすべての事物はすべて木・火・土・金・水という5種類の物質の運動と変化から構成されていると考えている。 これは五行の「相互に生みだし,相互に制約する」という関係を通じて, すべての物質世界の運動と変化を説明している。この学説は医学においては、人体の生理, 病理およびこれらと環境との相互関係などの説明に用いられている。 また診断と治療面においても重要な役割を担っている。

(『鍼灸学 基礎編』東洋学術出版社 天津中医薬大学・学校法人衛生学園編)

陰陽は物質の中にある「事物の運動・変化・発展の内在的な動力である」という表現がなされています。あくまでも「事物に内在」しているとは何を指していのか、科学的に考えてもちょっと突飛な表現です。

五行学説に関しては「宇宙間のすべての事物はすべて木・火・土・金・水という5種類の基本物質により構成されていると考えている。」とありますが、現代中国はやはり唯物論史観の視点から五行を五種類の基本物質と考えています。しかし「基本物質」と考えると、「万物の根源は気である」という表現との一貫性がありません。現代中医の根本的なところで理論的に破綻しているのです

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