「気と意識」をテーマにした日本伝統鍼灸学会の大会に向けてお勧め本をいくつかとりあげてみようとおもいます。個人的な読書経験にもとづくものなので片寄りを感じるかもしれません。
井筒俊彦 『意識と本質』
まず最初は井筒俊彦先生の『意識と本質』です。
井筒先生は世界的に有名な言語哲学者で、東西の神秘哲学の本質を言語哲学的に言語化しようとした大学者です。私の恩師が井筒先生について学んでいたので、その天才ぶりはよく聞ききました。私は高校生の時に始めて読んで感銘を受け、ことあるごとに読み返していますが、毎回新たな気づきがあります。
この本は、イスラーム・仏教・インド・中国などの神秘哲学における本質と意識の関係について言語哲学的に説明しています。西田哲学よりもかなり踏み込んで述べられており、現代の日本では希有の書です。ここでいう本質とは「対象そのもの」というのはカントのいう物自体に近い概念ですが、存在の根本、中国医学でいう太極に近い意味でもちいられています。それを意識がどう認識するのか?というのが基本的テーマです。
本書においてはイスラームの神秘思想から始まり、インド哲学・中国哲学・禅などの思想が広範囲にとりあげられていますが、それらに「通底するものはなにか」に視点が向けられています。
われわれに身近なものとしては『周易』や宋儒の太極-陰陽論的存在論と意識の関係について述べられています。ここに述べられている陰陽論をみても、現代中医学の教科書や日本の教科書に述べられている陰陽論とはまったく視点が違うのがわかるでしょう。しかし井筒先生が述べている方法論が、本来の方向性なのです。
日本の鍼灸師は気を「言語化できないもの」みたいな感じで考えてしまうことが多いですが、本書のような記述は昔からたくさん記述されてきました。そういった古典を紐解いて、鍼灸師のための言語化が必要ではあるかと思います。
宮原勇『図説・現代哲学で考える<心・コンピュータ・脳>』
日本伝統鍼灸学会の大会に向けてお勧め本、前回は井筒俊彦先生の『意識と本質』を取り上げました、形而上的なものを言語化するという立ち位置でした。今回ご紹介するのは宮原勇先生の『図説・現代哲学で考える<心・コンピュータ・脳>』です。
宮原先生は現象学の研究を主とされている京大系の哲学研究者のようです。本書では20世紀の<脳と心>の科学研究を哲学的視点で言語化しています。
20世紀は<心=意識>と肉体の関係を科学的・医学的視点で研究された時代で、そこには「<心=意識>は医学的・脳科学的に説明できるのではないか?」という共通する衝動がありました。
本書では、20世紀の主立った研究の基本的視点をまとめて列挙し、歴史的にどう批判されてきたかというここと、宮原先生が哲学史的観点から問題点をあげておられます。
「気と意識」について、すべて科学的・医学的観点に還元しようとする鍼灸師もたくさんいらっしゃるわけですけれども、ほとんどの人はこういう20世紀の研究史とその批判を整理せずに語ってるいるのではないでしょうか?それは20世紀のパラダイムの濁流に呑み込まれていることを自覚できていないのではないかと思います。
本書は京大の?一般教養向け科学哲学講義を簡潔にまとめたスタイルになっていて、非常に読みやすいです。